ここまで結構な数のテーマを見てきましたが、実はまだひとつ大きなテーマについての考察が欠けています。
自動運転車です(下の動画は日産の自動運転技術「プロパイロット」)。
その名の通り、人が運転することなく自動走行してくれる車のことで、実現されれば誰でも安全に車に乗ることが出来るようになります(ま、消費者から見ればタクシーも自動走行しているのと変わらないのですがw)。
センサーやカメラ、GPSを使って周辺状況を把握しながら走行するため、ロボットやドローン、IoTあるいは形を変えたスマホと言ってもいいかもしれません。大きな視点で言えば「人を運ぶもの=Move」の変化でもあり、半世紀に渡り産業の中心であった自動車産業が、ITの力によって大きな変革期を迎えようとしています。
……ということで、今回は自動運転車の実態を把握していきましょう。
自動運転車の生まれた背景、目的
自動運転車の目的は、理念としては大きく以下の二つです。
- 事故を減らすこと
- 運転を自動化して人々の自由時間を増やすこと
そして、もう少しビジネス的な領域として、効率化による利益拡大や、プラットフォーム(自動運転車OS)の覇権獲得による収益拡大といった狙いがあります。また、社会的な効果としては、渋滞緩和やCO2削減(環境配慮)も期待されています。
事故を減らす
交通事故の現状を見てみましょう。こちらの図で見ると、交通事故による死亡者は年々減少傾向を辿っています。
(出典:ガベージニュース)
しかしながら、交通事故の90%以上がドライバーのミス(ヒューマンエラー)で発生するものと言われています。
今度は以下の図で交通事故の原因TOP10が紹介されていますが、1位は漫然運転(安全運転義務違反)でした。
(出典:MOBY)
また、事故の危険性が高まるのは高齢者です。
(出典:TELESCOPE MAGAZINE)
死亡事故の原因としては居眠り運転が最も多くなります。
(出典:政府統計)
つまり、人間が判断する要素を極力少なくすることが、事故を減らすことに最も効果が大きいのです。日本では自動運転技術を用いて18年までに4割の交通事故を削減する目標を掲げています。
自動運転が事故を減らすことに寄与するのかという点について、以下の記事で興味深い指摘がありました。
視野に入った自動運転時代
クルマよりも早く操縦の自動化が進んだ航空機の例を見ても分かる。離陸100万回当たりの全損事故件数は、1950年代には40便以上あったという。これが、自動操縦技術が熟成したことで、現在では1件以下まで減少している。
出典:TELESCOPE MAGAZINE
ちなみにこのネタ、確率論でよく出てきます。合理的な選択が出来てないという例で。印象だと自動車よりも飛行機のほうが事故が多くて怖いように思えますが、実際は飛行機の方がずっと安全だとデータが示しているというお話です(乗車条件等もありますが)。
また、これはゆりかもめみたいな電車でも同じですよね。もちろん障害物や交通ルート等の難易度に違いはありますが、自動化への流れが出来ているように思います。
どこが違うのか クルマと鉄道の「自動運転」
こうした事故の回避が果たして可能なのかと言われれば、いずれ可能になると思いますよ。今のところは情報が錯綜していてどっちなんだよって感じですがw
自動運転車の事故率は人が運転するよりも低い!?アメリカの研究所の調査により判明
自動運転車の事故率は人間の2倍 不自然な動きで追突を誘発
Googleの自動運転車が、トータル200万km以上走行して初めての事故を起こしたという記事もありました。あとで理屈を詳しく見ていきますが、まだAI技術が発展途上にあることを考えると、ある意味で既にこれだけ事故が軽減されているとも言えるわけです。
余談ですが、各社の自動運転車の走行距離は、Googleが圧倒しています。各社比較は次の記事で詳しく見たいと思っていますが、とりあえず自動運転車の橋頭堡としてはGoogleを見ておけば間違いありません。
(出典:The Washignton Post)
自由時間を増やす
これは移動手段を現代に見合ったものに合理化、効率化するということですね。
日本においては電車網が発達していて、特に東京では車が要らないくらいですが、車社会のアメリカではこの効果が非常に大きいのです。あっちは土地が広いですからね。
そういう意味では、日本とアメリカで自動運転車の社会に果たす役割は異なっていそうです。そして、同じ日本国内においても、地方と都会では期待する役割が異なるという指摘もあります。
(出典:ADL)
今まで片道2時間かかっていたとすれば、その時間は運転に集中して他のことが出来なかったはずです。しかし、完全な自動運転が達成されれば、その2時間に別のことが出来ます。
車は合理的な移動手段でしかなくなるわけで、運転することが趣味でないかぎり運転する意味は見出だせなくなるのですね。
自動運転車の定義
自動運転車の定義はこれからもよく出てくることになるので、一回まとめておきましょう。
日本においては政府が自動運転にレベル設定をしており、段々と人間の手が要らない状態に近づいていくのです。
(出典:政府IT総合戦略本部)
レベル1の安全運転支援の仕組みは既に実用化されており、今後の東京オリンピックに向けてレベル3の実用化を目指しています。
私達が自動運転とだけ聞くとレベル4を想像しがちですが、レベル2くらいでも交通事故は大きく減るのではと思いますね。
レベルが上がると法的規制の問題も噴出してきます。当然複雑な動きのある都市部のほうが難易度も事故の影響度合いも高いため、最初は高速道路や閑散とした場所から開放されていくのではないでしょうか。
(出典:日経TRENDY)
レベル0
車の運転にコンピュータが介在しない状態。
レベル1
部分的にコンピュータが介在する状態。
前方の衝突回避、軽減のための自動ブレーキといった自動運転支援システムが中心で、現在実用化が進む領域です。
レベル2
操舵(ハンドル機能)が複合的に加わった状態。
アダプティブクルーズコントロール(ステアリングアシスト付き)等が該当します。
レベル3
半自動運転、と言いつつよほどの悪条件でない限りシステムが運転します。自動運転中は人が監視する必要はなく、セカンドタスクが許容されています。
現在の自動運転に関する開発は基本的にこのレベル3相当のものを目指しており、日本政府も2020年までにレベル3自動運転車の実用化を目標としています。
ここに至るまでには、高精度な3次元地図データ、準天頂衛星システムを用いた高精度GPSシステム、それらのデータ通信を支えるネットワークインフラ、センシング技術の低コスト化、消費電力削減、AIによる認知判断技術の発展……etc、多くの技術的課題があります。
また、これはドライバーに運転責任を持たせるジュネーブ条約に違反しているため、法改正・法整備等の議論も必要です。
レベル4
完全自動運転はドライバーが全く運転に関与しない状態です。
2016年に世界で初めてオランダで公道でレベル4相当の無人バスの試験運転が開始されたらしいです。
最近の発表を見ると、世界的にレベル4の運用開始目標を2020年に置くようになってきているみたいですね。日本もレベル4相当の無人タクシーを2020年までに運用開始を目標とすると発表しました。
この段階で自動運転の安全性を決定付ける走行アルゴリズム(OS、プラットフォーム)は、現段階ではGoogleが圧倒。保有しているマップデータとビッグデータ解析のためのAI(ディープラーニング)技術が優れているためです。
自動車メーカーは置き去り Googleが目指す完全自動運転
またまた余談ですが、未来の車に必要だと思う機能のアンケートをとった結果がこんな感じ(レベル2相当の機能が多い?)。Blind spot alerts:死角の警告が一番多いですね。
(出典:Frost&Sullivan)
自動運転車の仕組み
さて、今度は自動運転車がどのように動くのか、どういった技術が搭載されているのか見てみましょう。
自動運転車はどうやって動いている?
今回の記事を作成するにあたり、以下の記事が大変参考になりました。
第3回 自動運転を支える技術 TERESCOPE MAGAZINE
今の自動運転車は、基本的にセンサーを主体とした自動走行です。
自車周辺の「情報収集」、周辺のモノを特定する「分析・認識」、クルマの操作を判断・決定する「行動決定」、エンジンやハンドルなどを的確に動かすための「機構制御」の4点で動きます。
(出典:TERESCOPE MAGAZINE)
自車位置をGPS認識し、カメラ(映像)、レーダー(電波)、レーザー(光線)、センサー(加速度センサー、ジャイロセンサー等で車両の動き感知)によって周囲の「情報収集」をします。
それをディープラーニングベースのAIで「分析・認識」し、安全で正しい動作(アクセルやブレーキ、ステアリング操作)を判断・決定(「行動決定」)し、的確に実行(「機構制御」)します。
また、これまでのIT技術俯瞰図で見てきたように、この周辺を補完する技術としてネットワークインフラやCPU等の電子デバイス、AI技術、セキュリティなどの発展が不可欠です。
3分で分かる、IT系テーマの全体像まとめ キーワード、俯瞰図、ロードマップ等
具体的には、次の図のように動きます。
以下の図は日産セレナのプレパイロット機能。
以下の記事ではGoogle Carが走行ラインを確定していく様子が描かれています。後半は結構難しいですが、要するに自動車の動きは「前・後」と「まっすぐ・右・左」の6通りであり、その制約の中で最適な走行ラインを選択していくということです。
人工知能の歴史と、グーグルの自動運転車が事故を起こさないためにしていること
以下のように、いくつもの分岐線の中から最適なルートを選び取って、上手く行かなければバックしてハンドルを切り替えしています。
(出典:atmarkIT)
最適なルート取りは場合分けの考え方で、車の動き=6通りの動作の連続について最適解を高速処理します。
(出典:atmarkIT)
ちなみに、標準化に向けた動きは着々と進んでいますが、未だ統一はされておらず、各国で違いが出ています。標準化は自国の利益に直接関わる部分なのでね……。
(出典:ITS標準化委員会)
自動運転車の技術要素
自動運転を簡単に言えば、「認知・判断・操作」という運転における作業を機械に任せる=自動化するということです。
つまり、運転技術+IT技術によって実現するもので、特に後者の認知(センサーやAI)、判断(AI)、操作(運転補助~自動運転システム)の技術革新が不可欠です。
(出典:ITS標準化委員会)
以下では技術要素を4つピックアップしています。
- ライダー:レーザーによる距離計測
- Active Gated Imaging:暗視カメラ
- GPU:画像処理を行う半導体チップ
- ステレオカメラ:複数の方向から同時撮影して、奥行き情報を記録
(出典:Frost&Sullivan)
特許技術マップも面白いですね。単純な車速・停止制御から、段々と高度な操舵・追従制御が増えてきたことがわかります。
(出典:日経テクノロジー)
情報収集
情報収集にも種類があり、「周囲の情報」「位置情報」「地図情報」が必要になります。
「周囲の情報」収集に使えるものは、カメラやレーザー、レーダーといった高機能センサーです。
(出典:東京工業大学)
それぞれ得意不得意があり、相互補完する形で周囲の情報をデータ化しています。あるいは無線技術で他の車との車間距離を図る技術も出てきています。こういうところがロボットやドローンで見たような、「スマホが動いている」ような技術だと言われる所以です。
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普及に向けて、特にセンサー関連はまだもう一段価格を下げないと厳しい部分があるみたいです。
(出典:ボストン・コンサルティング・グループ)
「位置情報」は以前見たようにGPSや準天頂衛星システムです。自動運転車では1メートル認識がズレたら歩道に突っ込みますので、ネットワークインフラの拡充が欠かせません。
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超大量データを低遅延でやり取りするという「低遅延」が最も必要なのがこの部分ですね。
「地図情報」はGoogleマップをはじめとした3Dマップ情報ですね。もはや人間が管理することは出来ない領域で、AIによって情報を管理しています。
分析・認識/行動決定
ここは言うまでもなくAI:人工知能の領域ですね。
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昨今のディープラーニングは画像認識精度を大幅に向上させ、既に人間の認識レベルを超えた精度を誇ります。
機構制御
この機構制御については、実はほぼ完成の域にあるらしいですよ。
アクセル、ブレーキ、ハンドルやタイヤといった制御パーツが、現在は電気でつながっており、システムによる自動制御が可能となりました(バイワイヤ化)。
このことが、先進運転支援システム(ADAS)や、その先の自動運転を発展させていくのです。
プラットフォームが一番大事
最も重要なのは走行アルゴリズムのプラットフォーム=OS(ソフトウェア)領域です。
パソコンにおけるMicrosoft、スマホにおけるiOSやAndroidのように、プラットフォームの覇権獲得こそ現在のITビジネスにおける最大の利益を生み出す部分です。
Microsoftのように課金モデルにするというよりも、AndroidみたいにOS無料で他サービスとの親和性(ビッグデータ利活用)でビジネスモデルを構築する方向になりそうですが、世界にある数億台の車すべてに搭載出来るのですからどちらも凄まじい収益になるでしょう。
これはGoogleが「Android Auto」の開発で先行している分野です。もちろん日本企業も頑張ってはいますが、日本は自動車メーカー中心なんですよね。上で見たように、自動運転車は運転技術とIT技術を結集したものなので、トヨタをはじめとする自動車メーカーの長年の技術結集だけでは実現出来ないものです(このため、自動車メーカーが急ピッチでIT投資を進め、トヨタがIT化しているという話もあります)。
Googleの場合、Androidのようにスマホの組立は外部に委託している(NexusはLGでしたよね)ため、自動車メーカーが外側の箱を作り、そこにGoogleのOSを乗っけて完成という図式が見えてきます。
その意味では、Googleは完全な黒船ではないことも確かです。ゆったりした車のデザイン設計や各種パーツ、故障耐性等は絶対的に自動車メーカーに一日の長がありますし、事実Googleの試作車はトヨタ等と提携して研究を進めています。
(出典:ITmediaビジネスONLINE)
※でも、運転しないことを前提とすればデザインも変わりそうですね。リムジンでよく見る対面式の席にするとか。その点で、ホンダが非常に興味深いデザインのアイデアを公開しています。こういうネタ大好きです。
(出典:本田技研工業株式会社)
こっちは3Dプリンタで作った自動運転車。
(出典:AFP)
世界的にもカーシェアリングや若者の車離れという流れが来ているので、大衆車を売るビジネスモデルだけだと厳しい気がします。
このままハード屋で行くなら、アップルみたいに高い利益率を出すために、ブランド戦略で行きたいですね。自動車がコモディティ化した未来の差別化はブランドだからです。そこに失敗して価格競争となれば、日本の家電業界と同じ未来を辿るのではないでしょうか。
ITが自動車業界や周辺産業を破壊するのか、自動運転車のある未来の生活はどうなるのか、次の記事で見ていきたいと思います。
長くて途中書いた内容が若干不安だw
後編こちらです。
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